読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

母性

私が母親を恨んでいることに、たぶん母親は気づいている。

父親もたまに「君のヒステリーのせいで子供が傷ついた」みたいな話をする。
きっと彼女はそれをちゃんとした母親になって正しく愛情を与えなかったせいだと、思い込んでいる。

それは違う。
まずちゃんとした母親とかいう考えや母親として子供を正しく愛するとかいう考えがゴミなのだ。
母性なんてものは存在しない。

母親はその母親、つまり私の祖母にあまり愛されて来なかったようだ。
祖母が昔叔父(母親の兄)に溺愛していて、走り回る幼い叔父を祖母が夢中で追いかける間に母親が壁にかけられたおぶひもを見つめていたという話を何度も聞いた。
母親は自分が与えられなかったものを私に与えて私を幸せにするはずだった。
自分が抑圧されてうまく過ごせなかった子供らしい子供時代を私に用意したつもりだった。

愛される仕事

友人の日記を読んで、商品としての自分を愛されるということについて書きたくなったので、書いてみる。

私は前から、買春と子育ては似ていると思っていた。
生きるために愛されなければいけない、生きるために媚びなければいけない、という仕事は親子関係からはじまる。
養われている以上、親の愛情の中に潜む欲望や暴力を子供は拒否することができない。
それは娼婦が男の欲望や暴力を笑顔で受け入れなければ仕事にならないのとよく似ている。

そこに違いがあるとするならば、親の愛はどんな形でも世間一般的に感謝すべき尊いものとされるのに対し、買春夫の愛はその実、卑しく汚い暴力的な欲望でしかないということが周知の事実になっているということだ。

娼婦がレイプをされてお金ももらえず、買春夫に「セックスしたいということは愛しているということなのだから感謝して受け入れろ」「お前の愛に嘘偽りないならセックスしてお金を要求するのは間違っている」と言われたという話を聞けば、誰もがおかしいと感じるだろう。
しかし、そういうとんでもない理屈は、なぜか親子関係では平気でまかり通るものなのだ。
子供は愛情のかたちをした欲望や暴力を拒否できないばかりでなく、それに感謝することを社会に要求される。
親も家庭環境も自分で選べるわけでもない。そんな中で生かされるための媚びた振る舞い、偽りの商品としての自分に向けられる愛に、どうしてそんなに絶対的な感謝をしなければならないのかわからない。その愛に振り回されようが傷つけられようがなぜ受け入れなければならないのか。

むしろ、感謝されなければいけないのは、幻想上の可愛いコドモの姿を頑張って演じている子供なのだ。そんなこと言うような子供は育てる価値がないともし親が思うなら、それは無賃金労働をさせているのと同じだ。

私は絶対に母親になりたくないと思っているし、ずっと娼婦でいたいと思っている。
風俗なんかしたら親が悲しむ、とかよく言われるけれど私からしたら家庭にいて母親と一緒にいた時間は風俗の仕事とそんなに変わらなかった。
違うのは、母親は愛してきたから感謝しろと言ってくるが、風俗のお客さんは私の「仕事」を認め感謝してお金をくれるという点だ。
私は自分の努力に対しちゃんと報いがほしいし、苦しめられたのに恩を着せられるのは大嫌いだ。


かなり過激な考えだと思うけれどこれが私の本音であり、仕事への原動力なのだ。
私が仕事を愛しているのは抑圧している母親への恨みを解消できるからだと思っている。
でもそこまで母親を恨んでいる自分が、いちばん嫌だ。
私は母親を責めたくない。

明明後日まで待てない。
明日コンサートとか完全に忘れてた。
仕事モードに頭切り替えないと。

願望

最近は同棲めんどくさい鬱だーとなってたけど、電話して声聞いたら早く会いたくなった。
早く会いたいと言ったら「早くヤりたいんでしょ」と言われた。
はじめてエロイプ?というものをした。

私のあの子への性的興奮は異常だと思う。
元彼ともセックスたくさんしたけどこんなに誰かをエロいと思ったことたぶんなかった。
子供みたいな可愛い顔で子供みたいな小さい体で無駄に歳くってる。
長生きしないでほしい。ずっと思春期でいてほしい。
純粋に肉体が好きだけど、性格とか言葉のセンスとかはぜんぶ私に好かれるための演技かもしれないと思うことがある。

世の中には暇つぶしできる程度に面白いことは死ぬほどあるけど、私は頼まれてもないのにあの子のために自分の心の隙間をあけておいた。
たぶんこれからべったり依存するようになると思う。
去年の夏はその依存を受け入れてくれたけどあと半年もこんな狭い家で親密な関係にお互い耐えられるのかは自信ない。

正直な話、私と一緒にいるときはあんまり人間関係広く交流しないでほしい。友達と会ったりするにしても孤独を感じていてほしいし、基本的にふたりで部屋に引きこもりたい。
そうしてほしいし、できれば私もそうしたい。
私はあの子が色んな人と仲良く楽しくしているのは嫌いだし、皆に愛されて笑顔を振り撒いていてもどこか苦痛を感じていてほしいし、最終的にぜんぶいやになって私に愚痴いって甘えて他の人たちに心閉ざしてほしいと思ってる。

もっと不幸になってほしいし人間不信になってほしいし絶望してほしい。
私のこと好きにならなくていいから砦にしてほしいし、ちょっとでも信用できる理解者だと思ってほしい。

寝起き鬱が最近ひどい

寝起きほんとやだ
店より何より
これからの共同生活まじでやだ
会いたいけど会いたくない
うううううううう

Rくんからの電話

色々語ったけど、眠いしセックスしたいって言われたことくらいしか覚えてないという。
直前に一緒に飲んでた上司とスタッフの女性がどうやらかなり品のあるオトナな人たちだったらしく、口調や言葉のチョイスがやけに冷静でおかしかった。すぐ影響されるのウケる。人生について語ったらしいw
シリーズものの映画を見たいきぶんらしい。

今年に入って6回しかえっちしてないねって言ったら覚えてないって言われてひとつひとつどんな感じだったか詳細に説明してるうちに寝息が聞こえてきた。
私は誰かさんと違ってそんなに愛が深くないので、10分もたたないうちに寝息に飽きて電話を切った。

寂しがり屋はすごい

私がみんなに友達いないと言われる理由がわかった。
たぶん寂しがり屋の人からすると、私は他人との距離感がありすぎるように見えるのだと思う。

寂しさからくる人間の気力体力は本当にすごい。
朝早くから仕事でも寝る時間も削って飲み屋にいるおっさんたちはそれだけ寂しいのだ。
ホストに貢ぐために体ボロボロになってまで働く風俗嬢もたぶんそう。
玩具にされて笑われて見世物になることを必死に求めるあの子もたぶんそう。

そこまでして他人から得られるものってなんなんだろう。
よくわからない。