Rくんからの電話

色々語ったけど、眠いしセックスしたいって言われたことくらいしか覚えてないという。
直前に一緒に飲んでた上司とスタッフの女性がどうやらかなり品のあるオトナな人たちだったらしく、口調や言葉のチョイスがやけに冷静でおかしかった。すぐ影響されるのウケる。人生について語ったらしいw
シリーズものの映画を見たいきぶんらしい。

今年に入って6回しかえっちしてないねって言ったら覚えてないって言われてひとつひとつどんな感じだったか詳細に説明してるうちに寝息が聞こえてきた。
私は誰かさんと違ってそんなに愛が深くないので、10分もたたないうちに寝息に飽きて電話を切った。

寂しがり屋はすごい

私がみんなに友達いないと言われる理由がわかった。
たぶん寂しがり屋の人からすると、私は他人との距離感がありすぎるように見えるのだと思う。

寂しさからくる人間の気力体力は本当にすごい。
朝早くから仕事でも寝る時間も削って飲み屋にいるおっさんたちはそれだけ寂しいのだ。
ホストに貢ぐために体ボロボロになってまで働く風俗嬢もたぶんそう。
玩具にされて笑われて見世物になることを必死に求めるあの子もたぶんそう。

そこまでして他人から得られるものってなんなんだろう。
よくわからない。

被暴力欲

最近あの子とセックスより充実した暴力あまり楽しんでいない。
この前はビンタされすぎて唇痙攣して変色して血マメできたのが最高に良かった。
私は嗜虐心を満たされたときのあの子の不気味かつ無邪気な笑顔が好きでたまらない。
それだけに心奪われてしまったといっても過言ではない。

エロいことなしで一時間くらいひたすら全身噛まれて痣だらけになりたいし飽きるまで殴られまくりたいし流血解禁したいし早くとにかくめちゃくちゃやられたいしまたロフトベッドから突き落とされたいし触れられただけでビビって震える生活がしたい。

でもあの子本当にサディストなんだろうか。

謙虚な自尊心と卑屈な慢心

最近の私は、いつもより説教臭くなったり上から目線になったり自慢をしたり、他人に押し付けがましい態度をとるようになっていた。

それは最近の私にむしろ自信がないということの表れなのだと思う。
自己防衛のために卑屈な慢心に巣くわれている。

健全な自尊心があって、意志が強ければ、いちいち他人に認めてもらおうと自分を誇示する必要はない。しっかりした理性があれば他人の話も主体的に価値判断できて面白くなるはずだ。自分がブレているから人の話もどう聞いたらいいかわからなくなっているのだ。

「成長」のために必要なのは謙虚な自尊心だと、痛いほど感じるこの頃。

Rくんからの電話

電話の話、シリーズにするかもだけど毎回消すかもしれない……。


新しい女がいた頃にはぱったりしてこなくなったくせに、このところ毎日電話してくる。
疲れてるのに作業しなきゃならないときに人と話して頭を起こすためだという。

今朝は初めて仕事の愚痴を詳細に聞いた。自分の仕事にそこそこ自信があるのに不当に低く見られるというような内容の愚痴だったので、そんなに自負できるほど仕事やる気があったし頑張っていたんだなぁと感心してしまった。本当に何事にも誠実なところはお育ちが良いというか。

私も自分の仕事のことでかなり悩んでいたけれど詳細には言わなかった。ざっくり少し話したところはあるけど、肝心なところはもう言わない。仕事の話はもう彼には話さないことにしている。そのくらい根にもっている。
昨日の深夜も電話が来ていたけれど、昨夜は同僚と職場の話で長電話をしていたので疲れて寝ていた。

彼は仕事でイライラすると他人に対して心のなかで死んでほしいと思ったりするらしく、「自分がこわくなることがある。そういうときない?」と訊かれたけれど、私はよくわからない。
彼のそういうところが好きだし、嫌いでもある。

心のコントロールの話になったとき、「お客さんから聞いた話だけど、すごくイケメンのやつを見たときはきっと水虫なんだとか、どこか欠点があることにするんだって。そうやって理由づけすることによって楽になるんだって!」と話していて、冗談でもそういう考えのやつは好きになれないと思った。
優秀な人間に対し尊敬するでも憧れるでもなく嫉妬して貶めようとするやつ、そういう考え方しかできないやつが職場なんかにいたら全体のレベルが下がる。てめえの自己顕示欲のためにやるべきことを見失うな現実見ろやと思う。
たとえば、他国の技術が優秀になったら負けじとがんばるのではなく、自国のものをパクられたとか品質に問題なくても民族性に問題があるとかいう人種差別に走ったりすることだろう。あーきもちわるい。そんな人間が労働の場にとどまらず政治なんかに関わったらどうなるか。世の中サイテーになる。

なんて話もしなかった。

現実と夢にギャップのあるプライドの高い人がフェチ的な意味ではとても好きなのだが、客観的に仕事の話とかをするぶんには嫌い、ということなんだとおもう。
そういうのがあるから彼には働かずにいてほしいし、甘い夢を見させるためなら資金援助だってしようとおもってるのに。
そして甘やかして人生破滅させてやるんだ。
若いうちに死んでほしい。
とか思ってる自分が、いちばん恐いわけですよ。

わかんないだろうね。

コミュニケーション

お人好しの他人につまらない愚痴を延々と聞かせるのがコミュニケーションの基本になってしまったら、私はもうおしまいだ。
お互いの話題に興味を持って面白いと思えるのが理想的なコミュニケーションだ。

自分の話を他人が面白く感じるように伝えたほうがいいし、他人の話にも魅力をみつけられたほうが、人間関係は実りあるものになる。
つまらないなと思いながら相槌を打ったり、相手が聞いてないのに喋り続けるのは無駄な時間でしかない。

しかし最近私は誰の話にも興味が持てない。
何もかもがつまらなく感じてしまう。
他人に面白いと思わせる気もない。

このままだと腐りそうな感じがする。
私はどんなゴミみたいな人間にも興味をもって魅力をみつけられる人でありたい。
誰のことも心から好きでいたい。
本当の自己肯定感を他人に与えられなければ、自分の言うことにも耳を傾けてもらえない。
相手を自分の価値観に引き寄せて本気で肯定し承認するところから、啓蒙が可能になる。
私の考え方を認めさせ相手を説得し変えることができるようになる。

だから無闇になんでもただ肯定して嘘でも頷くような、そういういい加減なことはしたくないのだ。
それは私もつまらない価値を感じさせない人間になるということだ。

今年度の目標

社会学専攻だったせいか、政治界隈の友人が多かったからか、自分のある種のフェチのせいなのか、私はいつも自己正当化する癖がある。

私はとにかく何か判断決定するとき、理由はそれが正しいから、ということにしたがる。
しかし最近それでは自分を見失うような気がしてきた。

今は倫理的に生きるより、好きなように生きたい。
要するに自分の美学を追究したい。

個人的な理由で好きなものについて、何が好きで、なぜ好きになってしまうのか明らかにしていきたい。
今後は何かを選んだことを正当化しようとする前に、どこが好きでなぜ選んでしまうのかを考えるようにする。