もうすぐ1ヶ月

付き合い始めてしばらくは、私に興味を待たず私を理解する気もなく、好きになる気もない彼との未来が憂鬱だった。それに、これからも私は彼から死ぬほどたくさんの愛情を期待されるということが、重荷に感じたりもした。付き合うと言っても、金の関係がなく…

恋愛ってなんだろう

ヒモに金を払うだけの価値を見出だせなくなって追い出したのが7月。9月に再び彼が家に来てまた同棲したいという雰囲気を出してきて、お互いに話し合いをした。 私は「あなたが一緒に暮らすことを要求するならこちらの条件も飲んでもらわないと困る」「今の…

夢はいらない

夏の間、私は無理に自己価値を信じ自己肯定しようとすることをやめた。 健全に他人を愛し他人に愛される関係を目指すこともやめた。 そのことでひとつの不安から脱し、楽になった。私は自分を信じてなんかいないし、むしろ自分を疑うことでしか自分の存在を…

新たなパートナー

新たなパートナーができた。 恋人という表現も、彼氏という表現も、パートナーというのも正直しっくりこない。 お付き合いすることをただ目出度いと喜ぶのには違和感を覚える。世間的な恋愛の観念にとらわれて自分を見失うことなく、私が彼を特別な存在とし…

人間関係を消費する虚しさ

この2日間くらいで、人間関係を消費することの虚しさを、さらに強く実感するようなことがあった。私は人間が好きだ。 人間に執着しているし、人間にしか希望はない。たしかに去年から夢中になっていた恋愛ごっこは楽しかった。彼は私に生きる意味を与えてく…

消費社会過剰適合者

前回ブログを更新してから何日間か、もやもやした違和感と不安があった。 その原因は「私には健全な自尊心が必要なのか」 「私は本当の愛を求めているのか」という疑問とともに沸いてきた。 自分の心に問えば問うほど、欲しいという実感がない。そもそも、「…

肯定されたい自己とは

「本当の私」とはどんな姿なのか。 理解され認められたい自分とは何なのか。 それを明らかにするには、抑圧してきた世界に対する不満と期待を自覚する必要がある。 それは普段は意識の上に登らないが、自身の行動原理の根本に関わる問題だ。「人間なんか嫌い…

私を承認する資格

「他人を受け入れ理解し愛を与える」 その努力は私の生きる意味だった。私に受け入れられ理解され愛されていると他人が実感することこそが、私のプライドを満たした。 しかし、前の日記にも書いたように、それは価値付けされる側からする側になるための策略…

共依存からの脱却

私は今まで他人を 「私を承認するに値しない人間」 と思うことによって自分を守ってきた。誰にも私の存在価値の有無を決める資格はない。 私の存在価値を認めているのは私だけだ。 相手の価値基準に惑わされてたまるか。 人間の存在価値を承認するのは私の側…

ジェンダー逸脱と嗜癖

今日、『酒害者と回復活動』松下武志(2007)を読んでいて驚いた。なんと、アルコール依存症の夫の治療に非協力的な妻が多いのは、女性の職場進出の増大、夫婦平等意識の定着、個人主義的価値観の浸透が原因であり、女性の自立が推奨される時代になったせいで…

謙虚な自尊心と卑屈な慢心

最近の私は、いつもより説教臭くなったり上から目線になったり自慢をしたり、他人に押し付けがましい態度をとるようになっていた。それは最近の私にむしろ自信がないということの表れなのだと思う。 自己防衛のために卑屈な慢心に巣くわれている。健全な自尊…

コミュニケーション

お人好しの他人につまらない愚痴を延々と聞かせるのがコミュニケーションの基本になってしまったら、私はもうおしまいだ。 お互いの話題に興味を持って面白いと思えるのが理想的なコミュニケーションだ。自分の話を他人が面白く感じるように伝えたほうがいい…

今年度の目標

社会学専攻だったせいか、政治界隈の友人が多かったからか、自分のある種のフェチのせいなのか、私はいつも自己正当化する癖がある。私はとにかく何か判断決定するとき、理由はそれが正しいから、ということにしたがる。 しかし最近それでは自分を見失うよう…

25歳

25歳は安藤喜一郎が死んだ年齢。 そして、母が私を産んだ年齢。 母は、25歳最後の日に私をひりだした。安藤喜一郎が死んで4年。 私はあのときの彼と同じ25歳になった。その記念に形式的にというか儀式的にというか、やろうと思っていることや、やっているこ…